〜明るいけど、すこしブルーな日々〜



深夜プラス1/ギャビン・ライアル/ハヤカワ文庫

 主人公のルイス・ケインは元英国諜報部員で対戦中にはフランスでレジスタンス活動に身を投じていた闘士である。彼が引き受けた仕事が、婦女暴行犯の疑いをかけられフランス警察にも追われる身である実業家マガンハルトとその秘書を車で密かにブルターニュからリヒテンシュタインへ無事に連れて行き、投資先会社の株主総会に出席させることにあった。ケインの相棒のガンマンはアルコール中毒のハーヴェイ・ロベルとフランス警察を出し抜き、姿の見えない敵の攻撃をかいくぐり、制限時間内にリヒテンシュタインを目指す。

 現代読んでもまったく色あせていない冒険小説である。入念に構成されていて、全体の整合性を乱すような要素がまったく混じらない。キャラクターは少々ステレオタイプな所もあるが、生き生きとして、その会話も緩んだところがない。個々の場面は、すべてこの4人だけのシーンでつながれていく。回想シーンもなければカットバックもない。驚くほどストイックな構成といえよう。近年の小説群のように長すぎることもなく、過不足なくまとめきられている。確かに名作の名を恣にするだけのことはある。

 あまりほめてばかりいても芸がないので、ちょっと気になったところを一つだけ触れると、最後にケインがちょっと得意げに真相を語ってみせる所があって、これは瑕疵とまではいえないが、どうもそれまでのストイックさがなく説明調になっているように感じられる点である。

 とにかく、冒険小説の教科書のような小説である。

(★★★ 2005/04)




偽のデュー警部/ピーター・ラヴゼイ/ハヤカワ文庫

 ウオルター・バラノーフは、財産家で女優の妻リディアのおかげで、繁盛している歯科医を営んでいたが、リデイアが突然アメリカで女優としてもう一花咲かせたいと言いだし、歯科医業を廃業せざるを得なくなってしまう。そこでウオルターは一計を案じ、愛人であるアルマとともに、リデイアを船上で殺し、二人はパラノーフ夫妻として、アメリカに行くこととする。彼は著名な警部の名で乗船するが、リディアでない死体が発見され、成り行きで捜査をすることとなってしまう。個性豊かな乗客の間で、認識がずれたまま捜査を展開するウォルターにどんでん返しの結末が待っている。

 登場人物のキャラクターが少しずつ正常な人からずらして造形されており、彼らの行動や感情の動きが自然に奇妙なものとなっている。また、史実とフィクションをうまく融合させ、時代の雰囲気を出すことに成功している。ちょっと大人のミステリーであるといえよう。

(★ 2002)



マダム・タッソーがお待ちかね/ピーター・ラブゼイ/ハヤカワ文庫    

 19世紀ロンドン郊外の写真館で助手が、青酸カリ入りのワインを飲んで死んでいるのが発見される。写真館主の美貌の妻ミリアムがこの助手に恐喝されていたために凶行に及んだと自白し、絞首刑の日がせまった。しかし、青酸カリの入っている戸棚に関する新事実が明らかになるなど、冤罪疑惑が浮上し、スコットランドヤードのクリップ刑事が特命を受けて捜査に乗り出す。

 トリックはクリスティにも同種の作品があるもので目新しさはないが、ミリアムの真実は何かという謎で引っ張られるストーリーで読ませる。しかし何と言っても邦題が秀逸。

(★ 2002)



問題はグローバル化ではないのだよ、愚か者―人類が直面する20の問題/J・F・リシャール/草思社

 「グローバル化」という概念が現在の世界を分析する上で混乱を与えていると著者は説く。むしろ、現在の世界は過去に経験したことのないような変化の時代を迎えており、技術革新と経済革新という2つのエンジンをもつニューワールドエコノミーをきちんと認識し、これに如何に対応していくかということが人類の課題であると総括。そして、今後20年の間に解決しなくてはならない地球規模の20の課題(環境、貧困、制度等々)が掲げられ、それらに対する対策が考察される。

 ファクトの基本的な認識も取捨選択もなく、感想を垂れ流しているだけ。本書を確固とした分析がなされている書物であると考えるとストレスがたまる。むしろ、エッセイであると考えるべきもので、「普段俺のところには世銀の中でいろいろな問題があがってくるんだけど、そういうのって俺の思うようにならない不満とかがつもってくるし、もっとこんなことにしたらいいんじゃないかとか感じているんだよねー」的なのりで書かれているので、真剣に読書に取り組む必要はほとんど感じられない。肩書きで本を売るな。

(× 2003)



黄色い部屋の秘密/ガストン・ルルー/創元推理文庫

 イル・ド・フランス地方の古い城館グランディエ館、通称ぶな屋敷の黄色い部屋において、深夜、マチルド・スタンジェルソン嬢の悲鳴と銃声、その後密室状態のなかで彼女が瀕死の重傷で発見された。この事件の真相を究明するため、記者ルールタビーユとパリ警視庁のフレデリック・ラルサンが捜査を開始する。その後も、折れ曲がった廊下に追い詰めた犯人の消失事件が起こるなど、捜査は難航を極めるが、ついにルールタビーユは真相にとどりつく。

 密室物の古典名作。ルルーといえばわが国では『オペラ座の怪人』の作者というよりは、この密室推理作家としてのイメージが強いのではないか。ものすごく舞台設定などに雰囲気があって、中学生ではじめて読んだときはかなりのインパクトがあったことを記憶している。密室という名のはったりは、コンセプトが確立した当初からはったりであったのだ。あとは、はったりを如何に見せてくれるかと言うプレゼンテーションに尽きるわけである。

(★★★)



哲学の冒険―「マトリックス」でデカルトが解る/マーク・ローランズ/集英社インターナショナル

 SF映画を通じて、哲学の初歩を学ぼうという本である。「フランケンシュタイン」から人の内と世界という外から生じる埋めがたい不条理を説明する。「マトリックス」から自分の存在をどのようにつきとめるのかという内なるものへの確信について説かれる。「ターミネーター」では、心について、二元論の危うさが語られ、「トータルリコール」と「シックスデイ」から自己同一性は何をもって担保されているかが見通される。この調子で「マイノリティレポート」では自由意思が、「インビジブル」では道徳論が、「スターウォーズ」ではニーチェの超人論が解説される。そして最後に「ブレードランナー」で死の持つ意味(あるいは生の有限性の意味)が説かれる。

 よく、「おまえの悩みなんか、この宇宙の広さから見ればちっぽけなものだ」というような慰めを聞くが、これにどこか釈然としないのは、第1章をみれば解決する。誰しもが必ず感じるジレンマはこれであったのかと思う。最初の3章分くらいはテーマは違えど、内なる自分と外の世界にひきさかれる人の宿命的な問題が語れていて、非常にわかりやすく、本書の中でも最も楽しい部分である。それと、哲学とよりそうように進歩してきた論理学の発想が随所に論を整える部分に現れていて、議論をベイグにすることなく頭をすっきりさせてくれる(昔々の学生時代に読んだヴィトゲンシュタインの引用も効果的に使われている)。基本的には教科書のレベルを出ないが、一目で分かる哲学のような類の本と比べれば、圧倒的に楽しむことができる一冊である。

 本書の中で繰り返しアーノルド・シュワルツェネガーとポール・バーホーベン監督を持ち上げていて、もちろん字義通りでないのだろうと思うが(別に名優名監督だと行っているわけではないので意味は違うのだが)、こういう人を食ったところは我が国の哲学科教授の土屋賢二の書くものみたいである。

(★★ 2005/03)




ソロモンの指環―動物行動学入門/コンラート・ローレンツ/ハヤカワ文庫

 「刷り込み」理論などで有名な動物行動学者のローレンツが一般読者向けに著したエッセイ的動物記。彼自身が飼育したさまざまな鳥や魚の生態が、暖かいまなざしで語られていく。この中ではコクマルガラスの話が最も彼の愛情が注がれるさまが見えて、楽しい。それにしても日本の街に住む嫌われ者のカラスとあまりにかけ離れて感情移入が進んでしまうあたり、ローレンツは科学者としてだけでなく、達者なエッセイストとしての実力もある。

 また、いまはやりのビオトープのはしりのようなアクアリウムを作り上げる話も興味深い。『アクアリウムは、一つの世界である。なぜならそこでは、自然の池や湖と同じく、いや結局はこの全地球上におけるのとおなじく、動物と植物が一つの生物学的な平衡のもとで生活しているからである』そのとおりである。人間の行う小細工も突き詰めれば、真理に到達する。

 10年以上前からいつかは一度読んでやろうと思っていた本だが、期待が肥大しすぎたのか、科学情報としてはやや肩透かし。「刷り込み」などは、さんざんTVの科学番組などでとりあげられたためか、新鮮さがなく感じられる。やはりもっと早く読んでおくべきだったかもしれないが、エッセイとしての完成度の高さは特筆。

(★★)



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