〜明るいけど、すこしブルーな日々〜




幻の女/ウイリアム・アイリッシュ/ハヤカワ文庫

 あまりにも有名な冒頭、"The night was young, and so was he. But the night was sweet, and he was sour."から物語は語られる。スコット・ヘンダースンは、妻のマーセラと喧嘩し、街に飛び出す。たまたま立ち寄ったバーで、奇妙な帽子(噴出してしまうようなへんてこりんなデザイン)をかぶった女を誘い、お互いに名前も住所も聞かない取り決めをし、ショウを見、食事をすることとなる。夜中に帰宅すると、マーセラが何者かにネクタイで絞殺されていた。あらゆる状況証拠がヘンダースンの犯行を指し示しており、彼は死刑を宣告される。彼の無実を証明してくれるものは彼と一夜を過ごした奇妙な帽子の女性の証言だけである。彼の恋人と親友はこの女のを必死に捜索する。

 途中説得力を欠くくだりもなくはないが、男の陥った悪夢のような罠をサスペンスフルに仕立てたアイリッシュならではの傑作である。確かにいたはずである連れについて誰もがいなかったと証言するパターンは、さまざまなところで繰り返されているが、この本家を超える作品を見たことはない。

 冒頭の一文に代表されるように全体にリリックなトーンが効いていて、古い映画を観せられているような雰囲気を湛えている名作である。

(★★)


アイリッシュ短編集1/ウイリアム・アイリッシュ/創元推理文庫

 都会的な軽妙洒脱な短編をものす著者の短編集。
「晩餐後の物語」自殺として片付けられた息子の復讐をすべく男は容疑者達を晩餐会に招き、一計を案じる。
「遺贈」車ごと現金を奪って逃走する2人を待ちうける皮肉。
「三文作家」作家が夜を徹して苦心の末に作品を書き上げるが、最後に悪夢が。
「盛装した死体」盛装して出かけた妻が車でひき殺される。真犯人は・・・。他



アイリッシュ短編集2/ウイリアム・アイリッシュ/創元推理文庫

 都会的な軽妙洒脱な短編をものす著者の短編集。
「消えた花嫁」新婚旅行中に新妻が消えてしまう。ホテルの関係者も、公証人も彼女を知らないという。
「墓とダイアモンド」富豪の老女が亡くなり、二人の男が死者とともに埋葬される宝石を狙って、墓の中に入るが・・・。
「殺人物語」自分を踏み台にした旧友を殺害した男は、それを小説に仕立てるが、思わぬことから真相が露見する。
「死の第三ラウンド」ボクシングのチャンピオンがタイトルマッチ中に銃で撃たれて殺される。私のポケットから銃が出てくる。
「検視」夫が死んで再婚した女が、生前夫が買った当たり馬券を探して墓を探すと思いもよらないことが明らかになる。
「チャーリーは今夜も来ない」連続強盗事件を追っていた刑事の父親が、息子を疑う苦悩。他



アイリッシュ短編集3/ウイリアム・アイリッシュ/創元推理文庫

 都会的な軽妙洒脱な短編をものす著者の短編集。
「裏窓」私は、裏窓から見てはいけないものをみてしまう。
「死体をかつぐ若者」父と私は、父の殺してしまった養母をその情夫に罪を着せるべく工作する。
「じっと見ている目」瀕死の老女が息子の嫁による殺人計画を伝えようとする。
「殺しの翌朝」殺人の報道のあった朝、私は自分自身に疑いを持つ。
「帽子」帽子を取り違えた男は、偽札偽造団とのトラブルに巻き込まれる。
「ただならぬ部屋」宿泊客が次々と墜落死する不吉な部屋の謎。他



銀河帝国の興亡/アイザック・アシモフ/創元文庫

 遙か未来人類はその生活圏を銀河に拡大する時代、この人類社会を統べるのが銀河帝国であった。しかし、永遠に続くかにみえた帝国の繁栄にも翳りが忍び寄っていた。それを察知した心理歴史学者ハリ・セルダンは、帝国は500年以内に滅亡しその後3万年に及ぶ暗黒時代が到来すると予測していた。滅亡はさけられないとして、その後に続く暗黒時代を短いものにすべく、「ファウンデーション」が設立される。銀河最外縁部に設立された第1ファウンデーションはあまたの危機を乗り越えていくが、帝国は内乱のうちに滅んでいく。その後台頭したのが、セルダンも予測していなかったミュータント帝国であるが、彼らは心理科学を保存し感情制御を行うことができる第2ファウンデーションを恐れていた。ミュータント帝国は第2ファウンデーションを発見し一気にこれを殲滅するはずであったが、罠が仕掛けられており、逆に自らが滅亡してしまう。ミュータント帝国によって一時的にセルダンの計画は狂うが、このあとファウンデーションによって収拾が図られていく。第2ファウンデーションはどこに存在するのか?

 宇宙物の大長編であるが、単なるスペースオペラではない。帝国の繁栄と崩壊、そして再生は、人類システムにビルトインさせたファウンデーションにこめられた神の物といってもいいような叡智によって達成されるのか。それは要すれば、増大するエントロピィに立ち向かう人知は勝利できるのかということでもある。SFの中でもスケールの大きさと広大な宇宙を舞台に選ぶ価値がある作品である。

(★★★)



処刑前夜/メアリー・ウォーカー/講談社文庫

 モリー・ケイツは十一年前に起きた連続殺人事件をまとめた『にじみ出る血』によって犯罪ライターとして世に出ることに成功する。その犯人ルイ・ブロンクの死刑執行まで一週間と迫ったある日、モリーはその立会人に指名され、彼女は犯人の最期に関して記事を書こうとするが、ルイ・ブロンクは過去の自白を撤回する。彼女は自分が取り上げた事件は冤罪事件で、その犯人として取材した男は無実であったのではないかという疑惑に突き動かされ、真相を探っていく。

 事件の謎を解きほぐしていくことが主題の本格推理小説でも、世の中の矛盾と事件関係者たちの悲劇に立ち向かうハードボイルドでもなく、主人公が動き考え感じ、それらが軸にストーリーが展開していく小説。主人公のモリー・ケーツはライターとしての信念を貫こうとし、事件の真相に立ち向かい、その一方で仕事を離れた生活では、娘と仲良くやりながら、元夫との関係を再構築していこうともする。そうした日常も含めたすべてがヒロインを実感させ、その現実感でストーリーを見せてくれる。やや、元夫のキャラクタがこの小説の中では珍しく平板でステレオタイプだが、このふたりがよりをもどしていくシーンのラブシーンは特筆物である。また、脇役であるがシスター・アディがなかなかによい味を出している。

(★★ 2002)



薔薇の名前/ウンベルト・エーコ/東京創元社

 語の舞台は中世14世紀のイタリア、修道士のウィリアムと修道士見習いアドソが旅路の途中である僧院で、僧院長がウィリアムに僧院内で起きた事件の解決を依頼するところから始まる。事件は細密画家の修道僧の死体がある朝文書館の断崖の下で発見されたというもの。さらに、連続して、豚小屋の豚の血を入れる瓶に逆さまにつっこまれている古典翻訳専門の僧ヴェナンツィオの死体が発見される。ウィリアムは写字室でヴェナンツィオの机から暗号の記された紙片を発見する。さらに連続して殺人事件が起こる中で、ウィリアムは暗号を読み解きこの僧院に隠された書物をめぐる謎を解明する。そして書物ともに僧院は焼け落ち滅び去る。「過ギニシ薔薇ハタダ名前ノミ、虚シキソノ名ガ今ニ残レリ」

 記号学者としてのエーコの真髄が理解されていなければ、本書の完全な理解は難しいのだろう。ただ一つ、ぼんやりとであれ言えるのは、このストーリーの軸となる書物と文書館を通じて、記述されるものと言語と言語を蓄積させる書物(文書館)との関係性が浮彫りになっていくということ。

 引用されている書物の内容や場合によってはラテン語を含めた原語についての知識がないと完全理解に達することはできないある意味きわめて難解ではあるが、読者の理解や知識の程度によって、それぞれ楽しめるという意味では、偉大な小説であることは間違いないところである(その知的スノッブなところに少々苛立ちも覚えるのであるが)。

 ミステリーとしても、及第点といえるだろう。殺害方法に関するメイントリック(などというものがあれば、の話だが)はクイーンなどでも見られるありきたりのものである。むしろ、本書はなぜ、(それほど格調高いとは言えない類の)ミステリーの体裁をとることが選ばれたのだろうか??この構造にも何かが隠されているのであろうか。

(★★ 1997)




古い骨/アーロン・エルキンズ/ハヤカワ文庫ミステリアスプレス

 フランスはモン・サン・ミシェル近くにあるロシュボン館に主の招待で一族が一堂に会する。主、ギヨーム・デュ・ロシェは招待した一族に重大な何 かを告げようとする直前に、モン・サン・ミシェル湾で事故死してしまう。さらに館の地下からは古い人骨が発見され、偶然サン・マロで開催されていた科学捜 査会議に出席していたスケルトン探偵のギデオン・オリヴァーが骨の分析のため呼ばれる。一族の残る館では殺人事件が発生し、問題の核心は第2次大戦のレジ スタンス活動家であったギヨームとそのいとこのアランの過去であることが判明していく。

 軽いタッチの本格物小品(という分野があるか知らないが)で、真相はそこそこ重い話にし得たのだろうが、さらっと流されてある。第2次大戦中のレジスタンス活動なんて刺身のつまだと軽く扱って見せるところがいかにも本格推理物というところだろうか。

 骨の鑑定から事実の確認へという流れで捜査を進めていくギデオンの探偵スタイルは、現代の本格推理小説としてリアリティを崩さず、パズラーとしての本筋もはずさずよく出来ている。 謎の中心部はミステリー読みには意外ではありませんが、犯人の指摘がなされる解決部は、本格物ならではの関係者一同への演説となっていて、楽しい。

 キャラクターはちょっとカリカチュアライズされているが、ユーモアたっぷりに描かれていて(特にギデオンの許に手紙爆弾が届けられたのではないかと考えるギデオンとジョン・ロウのやりとり)、ステレオタイプ 化されることなく踏みとどまっている。

(2005/05 ★)




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