〜明るいけど、すこしブルーな日々〜




白昼の死角/高木彬光/角川文庫

 終戦直後、鶴岡七郎は、東大の天才学生隅田光一と共に、金融業を始めるが失敗、隅田は自殺する。鶴岡はこの後手形のパクリ屋として、証券偽造、睡眠薬詐欺、印鑑偽造、大使館の治外法権の利用など、次々と新手の詐欺を実行する。しかし、共犯者の一人の行動から歯車が狂い始め・・・。

 戦後の混乱しつつも復興の活気に満ち溢れる日本経済を背景に展開されるピカレスクロマン。安定ししかも先行きへの大きな期待が持てない現在と比べて、この小説を支える猥雑なまでの力強さはなんなのだろうか。私がこれを読んだ中学生の時分でも、すでに日本の社会にここに描かれる活気はなかったと思う。

 「光クラブ」事件を下敷きにスタートする序盤の展開といい、成功を重ねていく中盤といい、破滅に向かって行くラストといい、戦後の時代を背景として小気味よく描かれており、小説としての出来映えも傑作であるといって過言ではない。なお、映像としては夏八木勲主演の映画が有名であるが、私はやはり中学生のときに見た渡瀬恒彦主演のTVシリーズ(確か土曜日の夜10時頃から放映していたと記憶している)の方が当然のことながら原作に忠実で好きであった。

(★★★★)



成吉思汗(ジンギスカン)の秘密/高木彬光/角川文庫

 源平合戦の主人公、軍略の天才源義経が兄頼朝との対立から奥州衣川で討たれたのではなく、その後、北上しモンゴルに渡り、ジンギスカンとなったという、所謂義経伝説を名探偵神津恭介が解明するという歴史推理小説。

 エンターテインメントとしては誠に良く出来ているといえよう。誰もが知っている歴史人物をとりあげ、いくつもの些細なデータを積み上げて驚きの結末へと導くべく推理する様は、もちろんある種の「トンデモ」史観ではあるのだが、爽快である。

(★)



邪馬台国の秘密/高木彬光/角川文庫
古代天皇の秘密/高木彬光/角川文庫


 『成吉思汗の秘密』の成功に気を良くしたのか、高木彬光は日本の古代をテーマに2作の歴史物を発表する。現在の関裕二氏の著作などと比べてしまうと(もちろん関氏は小説家ではない)掘り下げは甘いといわざるを得ないが、発表当時のことを考えれば、こうした歴史推理小説という分野を開拓し、エンターテインメントとして確立させた功績は評価されるべきであろう。なお、時代が変わり読者の歴史的常識の水準が変わったので、若い世代で歴史に興味のない人はこの『〜の秘密』3部作はちょっときついかも。

(★)



呪縛の家/高木彬光/角川文庫

 没落した新興宗教・紅霊教の本拠「呪縛の家」に招かれる神津恭介と松下。そこで、元信者であった男が紅霊教の教義の一つの「水」にまつわるように不吉な予言を行うが、そのとおりに教祖の孫娘が密室で殺害される。そして第2の殺人がまたも教義に見立てられた「火」にかかわって予言され、そのとおりに殺人事件が発生する。この新興宗教と歪んだ悪意が錯綜する中で起こる連続殺人事件に名探偵神津が挑む。

 新興宗教、予言、見立て殺人といったおどろおどろしい小道具が満載で、わが国の本格推理の王道を行く巨匠の傑作である。初読した高校生の頃は当然、新本格などというムーブメントの以前であり、クイーンで見せつけられた論理的推理とそれを集約して見せた「読者への挑戦状」に飢えていた私が本作の虜となったのはいうまでもない。設定のある種の様式美的美しさと魅力的な謎の提示、そして最後まで緊迫感の途切れない結末にいたる展開など、当時の私にとって、日本の本格推理小説の傑作のひとつであった。

(★★)



実践・交渉のセオリー―ビジネスパーソン必修の13のコミュニケーションテクニック/高杉尚孝/NHK出版/ビジネス

 
非常にオーソドックスな交渉「術」本。5つの基本と8つの交渉戦術が極めて明快に説明されていく。特に、相手のニーズを把握し、自分の次善策を含めて現実的な期待値を設定し、論理的に思考を展開していくという基本の部分は、交渉に限らずビジネスをする上での基本を構成しており、新社会人などは一読の価値がありそう。他方、交渉の現場で本当に苦しんでいる人には物足りまい。

(× 2002)



黄金を抱いて翔べ/高村薫/新潮文庫

 北川と幸田は、大阪住田銀行の金塊の強奪を企み、仲間を集める。爆弾を操るモモやエレベーターに詳しいじいちゃんなど一癖ありそうな男達が集まる。しかもそれぞれがそれぞれに事情を抱えていた。一見無目的に疾走する男達は、ハイテク防御システムに挑む。

 この作家は、自分が書いているものをミステリーという言葉でくくられるのを嫌がっていた。レディジョーカーがヒットした後はそういう言説も聞こえなくなったが、今も言っているのだろうか。確かにデビュー作の本作を読んでも、これは推理小説でも冒険小説でもなく、6人の生き方の物語である。

(★ 1998)



リヴィエラを撃て/高村薫/新潮文庫

 首都高速道路で青年が死体で発見される。その数時間前に「リヴィエラに殺される!」という通報が警視庁に残されていた。警視庁外事警察の手島警視は、数日後、謎のイギリス人と会い、ここからリヴィエラをめぐる各国スパイ組織間 の抗争に巻きこまれて行く。物語は時を遡り、この日本の地で死亡したジャック・モーガンがリヴィエラに父を殺された後テロリストとして成長していくアルスターでのストーリーから解き起こされていく。英米中のスパイ組織とその中で生きていく人物が現れては消えていく。最後に物語は、リヴィエラの正体が明かされ、東京で最後の結末を迎える。

 これは、リヴィエラが誰なのかを探る物語でもなければ、国際謀略を通じて何かを訴えるのでもなく、もちろんスパイ活劇でもない。リヴィエラなる謎の人物に関係して翻弄され人生が変わっていってしまった登場人物すべての物語なのである。重いストーリーであるが、そう思って一人一人のキャラクターの物語として読んでみると非常にわかりやすく、ミステリー的な道具立ては構造上のしかけに過ぎないと観念すれば、思いのほか読みやすい。

(★★ 1997)



地を這う虫/高村薫/文春文庫

 著者の初の短編集で、主人公を元警官で揃えている。
「愁訴の花」警備会社に勤めている元刑事の田岡に昔の同僚須永の容体が悪いとの連絡が入った。かつて妻殺しで逮捕された同僚刑事の事件についての資料を入手することとなり、もう一度あたってみることになる。
「巡り逢う人びと」元警官の岡田は金融会社に再就職し、取立回収業務を行うが、ある時債務者の町工場を訪ねる。
「父が来た日」政治家と関わり逮捕された父を持つ男がその政治家と接する。
「地を這う虫」元警官の警備員沢田は近所で頻発する空き巣事件に関してあることに気付く。

 どれもこの著者らしい人間の物語が語られている。どの作家の短編集もそうだが、長編では見えてこない作家のエッセンスがこめられているようで、特に高村薫のように長編では何を見ていたら良いのか迷ってしまうような作家の場合には、短編から入るのが案外よいのかもしれない。

(★ 2001)



追憶列車/多島斗志之/角川文庫

 5編を収録した短編集。
 美佐子は娘の身の回りのものが謎の女に持ち去られていることに気づく。ある日、娘の写真が送られてきたことから、彼女がその女の正体を突き止めようとする「マリア観音」
 絵を預けた友人が亡くなり、その後転々とする所有者を追って「絵」を取り返そうとする「預け物」
 第2次世界大戦末期フランスからドイツへ疎開する列車の中で日本人少年が出会った少女と連れのユダヤ人の別離のドラマ「追憶列車」
 日露戦争の捕虜が収容される松山で逃亡をあきらめないロシア人将校と収容所長の駆け引きとこの将校に幼い好意をよせる姉と巻き込まれながらそれを見守る妹の物語「虜囚の寺」
 清水の次郎長の3人目の妻・お蝶が過去の情夫の安否を尋ね始めてから狂い出す運命を描く「お蝶ごろし」

 短編としては、あざとい結末の「マリア観音」と落ちがちょっとはずし気味の「預け物」はやや低調だが、時代背景が物語に絡む残り3作は厚みがあって好品。二転三転するストーリーを得意とする著者の長編を期待するとすこし肩すかしを食ってしまうが、長編とは違うテイストが楽しめる。

(★ 2005/03)



エコノミスト・ミシュラン/田中 秀臣、野口 旭、若田部 昌澄/太田出版

 前半がリフレ派若手経済学者の対談で、後半が日本の経済政策論争を担ってきたエコノミストたちの著作に対する書評。現在の日本経済の低迷を巡って、日本の経済論壇において展開されている政策論争を整理してみせるという書である。

 経済学部崩れの私には、適度にアカデミックで、他方で過度にジャーナリスティックというか扇動的である本書は、おもしろく読めた。一応、多少行き過ぎている面はあるものの今日の経済論議の方向やエコノミストの動きを大まかに把握するには楽しい書物である。忙しくてゆっくり知識を補充する暇のない人には便利。

 ただ、整理の仕方が安直で、ややもすると独善に陥っているように見え、書評における切り捨て方は、普通のビジネスマンからすると正直子供じみており、そんな簡単にはいかないだろーとも思うのである。私は、この手の議論は嫌いではないが、一方的に相手の反論もなく終始してしまう批判には身構えてしまう。たぶん、アカデミズムの世界は違うのかもしれないが、「世間知」とはそういうものではないだろうか。

(★ 2002)



3000年の密室/柄刀一/光文社文庫

 三千年前の縄文時代人が完全なミイラの形で発見されるという古代史・考古学上画期的な事件を発端にストーリーが展開する。このサイモンと名づけられミイラが密室で殺されている状況を示しており、歴史人類学研究所でサイモンの解剖にあたる主人公・弓岡真理子によるなぞの解明が本作のメインストリームである。サイモンの科学的分析が進む過程で、さまざまな日本の縄文時代に関するペダンティズムとともに考古学会の内幕などが語られる。そうした中、ストーリーは、ミイラの発見者が殺害される事件により、後半は一転(現代の)殺人事件捜査へとストーリーの焦点は移る。

 この縄文時代人の分析はJ.P.ホーガンの『星を継ぐもの』を髣髴とさせる(ホーガンの方がはるかに壮大なほら吹きだけど)が、発見者の失踪・殺人事件と「サイモン」の謎の間に関連がなく、メッセージ的にもミステリーとしても散漫な印象。縄文人殺人事件という奇想天外な謎があまりに魅力的なので、そこだけが残念。ただ、主人公の設定や彼女を取り巻くキャラクターと主人公自身の成長といった小説としての骨組みの部分の取り扱いは暖かくしっかりしている。

(★ 2004)



アリア系銀河鉄道/柄刀一/光文社文庫

 宇佐見博士を主人公とした連作のファンタジーミステリーとでもいうのか。かなり冒険をしていて、その勇気は買えるが、ミステリーとしてうまく成立しているのかはやや疑問。
 「言語と密室のコンポジション」は言葉遊びに終始している印象が強く、その解明も日本語と英語を都合よく使い分けていて感心しない。メッセージが希薄。「ノアの隣」はこの短編集の中では一番の収穫。魅力的な謎の提示とノア伝説の設定が無理なく融和しており、小説として成立している。「探偵の匣」はまずまずの推理小説ではあるが、叙述トリック風のところはびっくりしない。むしろ平凡な印象が際だつ。「アリア系銀河鉄道」はSF仕立てではあるが、宮沢賢治ではなく、「999」を下敷きにしており、薄い印象。タイムパラドックスの処理の仕方も巧みでなく、ハッピーエンドに持ち込むことでさらに印象を弱めている。

(× 2004)



ロートレック荘事件/筒井康隆/新潮文庫

 浜口修と幼いときに彼の不注意で不具になってしまった従兄弟の重樹らは木内文麿の招待で、木内の娘の典子、牧野寛子、立原絵里の三人の女性が待つロートレック荘に出かけた。ところが、この3人の女性は、つぎつぎと銃弾の餌食となっていく。

 著者はこの作品を発表する少し前に、雑誌の記事で、前代未聞のトリックを思いついたと語っているのを見たことを覚えている。今は、ずいぶんこの手のトリックは出尽くしている感もあり、びっくりしないが当時はまだそれほどでもなく、少なくともまたその手か、と思ったりはしなかった。特に、さすが筒井康隆の文章力で、完全にだましつくすのではなく、読んでいる間にきちんと違和感を持たせるように描かれているのが凡百の同種のトリック小説と違う、底力が発揮されているところ。

(★★)




退職刑事 2/都筑道夫/創元推理文庫

 退職した刑事の父にその息子の現役刑事が一風変わった事件について相談するというスタイルの「安楽椅子型探偵」譚。自殺と処理されつつある事件の真相と遺書の謎を解く「遺書の意匠」、自首をしてきた殺人事件の重要容疑者がいたホテルの部屋から女の死体が発見される「遅れてきた犯人」、被害者の右手の爪だけがきれいに切られていたのはなぜか「銀の爪切り鋏」、毎晩深夜の定時に駅に現れていた女が殺害される「四十分間の女」、新婚旅行中に浴室で殺された「浴槽の花嫁」、厳冬の日本海の海岸で水着姿で発見された理由を追求する「真冬のビキニ」、結婚式の花婿控え室で衆人環視の前での花婿事件「扉のない密室」。

 探偵の設定はなかなかに自由度が高く、面白い設定である。ただ、安楽椅子探偵ということであれば、ホームズの時代であれば別かもしれないが、あとはよほど事件が奇想にとんでいないとだれてしまう。本短編集は、魅力的な謎を提示することには成功しているといえるが、それをたった一つの真相に収斂させるところに鮮やかさが弱く感じられる。つなぎ合わせた事実が真相を物語りきれないのである。その意味では、好みで言えば、「扉のない密室」がなかなか秀逸。次点は「銀の爪切り鋏」。「四十分間の女」と「真冬のビキニ」は謎が魅力的であるのに、結末が妙に説明説明してしまっていたり、不自然さを感じさせない思い切りに欠けているように思える。

(× 2005/03)



失敗の本質―日本軍の組織論的研究/戸部良一他/中公文庫

 本書は、社会科学的アプローチで旧日本軍を組織論的に分析しようという試みのもとに著されている。特に、ノモンハン事件、ミッドウェー作戦、ガダルカナル作戦、インパール作戦、レイテ海戦、沖縄戦という日本軍の主要な失敗を通じてその原因を追い求めた力作である。ここで著者たちが日本軍の組織として問題であった点は、あいまいで多義的な作戦目的、長期ビジョンを欠いた非科学的戦略、狭量な戦略オプション、属人的組織統合、組織的学習の欠如、プロセスや動機が重視の業績評価などである。

 これら組織原理は今のわが国の多くの組織に色濃く残っているといっても過言ではない。このポイントは、今でも経営の基本として回避・改善されることが指摘されている諸点ではないか。ということは、今も敗戦から学ぶことのない日本組織は残り、必然的に繰り返し経済敗戦を迎えたということである。私も自分が属する組織のかかる問題点について、はっきりと自覚することができる。科学的で客観的であることを何よりいやがり、属人的で情緒的であることが希求される組織は、構成員にとっては居心地がよいのであるが、少なくとも勝ち続けていく組織でないのは確かである。

(★★★★ 1996)


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