〜明るいけど、すこしブルーな日々〜




上司は思いつきでものを言う/橋本治/集英社新書

 サラリーマンなら誰しも直面する小さな悲劇が、上司が思いつきでものを言ってしまい、せっかくの努力が水の泡ということであろう。本書はこうした事態を分析し、なぜ上司は思いつきを口走るのか、そうならざるを得ない会社とはどういうところかということが論じられる。さらにその後には、そうした日本型の会社を生み出した日本社会への歴史的考察やら、儒教や民主主義への言及などあって、議論はとどまるところを知らない。

 前半のこういうことってよくあるよね〜の部分は頷いてしまうし、現場との距離感が問題となるという点は腑に落ちる。私は、常々主張しているのだが、会社の中には2つのrealityがあるのだと思う。一つは現場の現実で、もう一つが組織の現実である。企業は現場で業務を行わなければ崩壊してしまうし、現場の業務を支えるのが組織ということで、それは車の両輪であるべきである。ところが、実際には、現場はとりまく様々な環境・状況によって流動していく一方で、組織は組織の維持という別の論理に支配されていく。ここで両者は股割き状態になってしまう。そして企業の中で働く人間は、若いうちは現場の論理に従い、歳をとりステータスがあがるに従い組織の論理で動かされるようになっていくのである。これは宿命といってもよい、企業人の矛盾なのである。本書はこういうものをよく見極めているといってもよい。

 さて、その先、現場を持たないのが官僚だあたりまではよかったのだが、そこからページ稼ぎなのか何なのか、歴史的解説などに入ってしまい(またその歴史解釈が史実の乱暴な把握に基づいてたり)、ステレオタイプに走ってしまうところは感心しない。それこそ、ビジネスの現場を知っているのかねと思うところもある。総じて見ると、よいところ、そうでもないところそれぞれあるのだが、ちょっとタイトルがキャッチーに過ぎてその分肩すかし感あり。

(★ 2004)



龍の契り/服部真澄/詳伝社

 82年ロンドンでオーデイションを受けていたモデルのダヴィナは火災の中で香港返還にまつわる重要機密文書を手に入れる。香港返還まであと5年という92年になってこの書類が、いまだに存在することが判明する。オスカー女優アディールの手にあるこの機密文書を巡って、ゴルトシルト財閥、上海香港銀行、上海香港銀行のマネー・ロンダリングの調査をする外交官沢木とワシントン・ポストのダナ・サマートンらが動き出す。さらには、米英の情報部とアディールの協力者の西条らの思惑が交錯する。

 香港返還を巡る機密文書という設定が、史実から無理なく展開されるよう著者は腐心したと思われるが、それには成功しているようである。ただ、多くの関係者を登場させたために、誌面の都合もあってかキャラクターが描ききれず単に役を振られたに過ぎない人々が活劇を演じることに終始している。その原因のうちのいくばくかは、非常に単純化されて描かれる登場人物達の立場や思想や感情のせいではないだろうか。そのため、スパイ小説としては十分に楽しめるものであるが、そこから先の奥行きが感じられず、その点だけは減点せざるを得ない。

(★★)


へんないきもの/早川いくを/バジリコ

 想像もつかないような世にも奇妙な生物がイラスト入りで解説されている怪作。姿かたちがユーモラスであったり常識はずれであったり、その行動パターンが奇怪で驚異的であったり、超絶機能を隠し持っていたり、とにかく実在することが信じがたい生物たち満載の一冊となっている。

 発売当初に東京駅の本屋に平積みにしてあったのを衝動買いをしてしまったのだが、こんな本売れないんだろうなあと思ったものだった。しかし、TVで取り上げられたりして、相当売れたよう。こういうのって一般的にうけるのか、今でも疑問を消せないでいる。

 まあ、とにかく、結局一番奇怪な生物は人間だったなどという陳腐な締めくくりは必要ない。読んでみて、すごいなあとかおかしいなあとかと子供のような気持ちでページをめくればそれでよい。それで十分僕らの中に大自然の偉大さがしみこんでくる。

(★★★ 2004)




そして夜は甦る/原ォ/ハヤカワ文庫

 海部と名乗る男が、西新宿の私立探偵沢崎の事務所に現れ、ルポライターの佐伯がやってきたか尋ねる。次に、美術評論家の更科修三からも沢崎に接触があり、彼からも佐伯の消息を尋ねられる。更科の娘の夫が佐伯で、離婚の慰謝料を受け取らずに失踪しているのだという。沢崎は調査に乗り出すが、事件は東京都知事狙撃事件へと思わぬ展開を見せていく。

 著者のデビュー作で、沢崎シリーズ第1作。表面をなでて設定と文体をちょっと真似ただけの似非ハードボイルドとは一線を画した傑作である。凝ったレトリックと洒脱のきいた台詞回し、そしてそれらの中にさりげなく置かれている伏線。緊張して読まないと隅々までソフィスティケートされた作品世界を完全に理解することが出来ないので、おのずと読む速度も遅くなる。それ以上に、書かれるのには時間がかかったことだろう。優れたハードボイルド作家は遅筆であることが多いが、作品世界に現実から少し転調したトーンを維持しつづけるべく文章を綴るのは、並大抵のことではないからではないからだろうか。

(★★)



私が殺した少女/原ォ/ハヤカワ文庫

 依頼人真壁宅を訪ねた探偵沢崎は、誘拐事件に巻き込まれ、誘拐犯からの指定で身代金を運ぶこととなってしまうが、暴走族らしい男達に襲われ、身代金を失ってしまう。誘拐された真壁の娘清香はヴァイオリニストの才能に恵まれていたのだが。その後、清香の叔父の甲斐から奇妙な依頼を受け調査を開始する。沢崎は、自分のせいで殺されてしまったかもしれない少女の事件の真相を突き止めずにはいられない。

 描かれた真相の悲劇とその真相に関わらないわけにはいかなかった探偵の悲劇が語られている。そうした事件の現実とはうらはらに、かつてのパートナー渡辺や暴力団組員の橋爪と相良、新宿署の錦織といったキャラクター達がどこか現実感がおぼろげで、ハードボイルドという現代のドンキホーテ物語であることが象徴されているようである。前作『そして夜は甦る』以上の傑作である。

(★★★)


愚か者死すべし/原ォ/早川書房

 銀行強盗事件で警察に自首した伊吹哲哉の娘啓子は渡辺に依頼するために沢崎の事務所を訪れた。伊吹は横浜へ移送されることとなり、啓子を新宿署に送り届けた地下駐車場で、沢崎は、伊吹と刑事が銃撃される現場に居合わせることになる。伊吹は軽傷ですむが、刑事は殉職する。調査を進めた沢崎は偶然別の老人の誘拐事件にも巻き込まれていく。

 年をとっていくと物事を単純に考えようとしがちであり、それはその人の覚悟次第では円熟であったりもする。沢崎も年をとり、さまざまな人間関係や事件を経て、今回の状態に至っているのであろうが、彼の若き日の活躍譚と比べるとひっかかりがなく、するすると読めてしまう。これは、円熟なのだろうか、それとも老いに由来する現実からの距離感なのだろうかとつい考えてしまう。

 また、時代批評的なエピソードが適度にちりばめられているが、かなり中途半端な印象で終わってしまうのは残念。このあたりはストーリーと抜き差しならぬ関係で描かれた矢作俊彦の昨年出た新作『ザ・ロング・グッドバイ』と比較するとだいぶ見劣りしてしまう。

(★★ 2005/01)



放課後/東野圭吾/講談社文庫

 女子校の数学教師前島は、駅や階段などで何物かに命を狙われていた中、厳しい教師の村橋が密室の更衣室で死体となって発見される。続いて、運動会の仮想行列、前島の代役の酔っ払いのピエロとなった教師竹井も毒殺される。前島は自分が狙われたのではないかと真相を探りはじめる。

 著者の処女作である本書は、複数のトリックを配置し、それに関してきちんと伏線を張った、本当によく計算されたミステリーである。ただ、ミステリー+αの部分が薄いのが少々気がかりで、私に関して言えば、それは別に何か重たいテーマである必要はないのだが、雰囲気でも良いし文章でもよいし、何か引っかかるものがほしいのである。この透明な読後感がその後の好作品につながっているのだから、私の好みもあてにならないが。


(★)

どちらかが彼女を殺した/東野圭吾/講談社文庫

 和泉康正は妹・園子からの自分が死んだらよいと告げる電話が気になり上京する。しかし園子はすでに死んでいた。警察官である康正は、自殺工作をして復讐のため独自に調査を開始する。容疑者は園子の元恋人の佃潤一、園子の親友の弓場佳世子のふたり。また、所轄の刑事・加賀恭一郎も康正の行動を不審に感じ調査を行う。

 最後に真犯人を示さないというスタイルに挑戦しているわけだが、この試みはどう評価すべきなのだろうか。真相が判明しないことによる気持ちの悪さはあるが、僕らの周りはそういう判然としないことによる気持ちの悪さで満ちあふれている。だから、そうしたものが手際よく表現されているのなら、これは成功していたと言っていいかもしれない。しかし、残念だが、発生した事件が退屈で感動にも示唆にも富んでいたとは思えず、私にはどうも感情移入するほどのめりこめなかった。そしてそれは必然的に、解決編がないことにも、まあそういうこともあるよねという具合に自分の中に折り合いを容易につけさせてしまうのである。それでは、せっかくのこのスタイルにした意味がない。その上、よけいな後説明を解説の中などでやってしまったら、台無しの上塗りである。

 ミステリーの解決編は、エンターテインメント的には読者にカタルシスを与える重要なパーツである。この要素を失わせてでも、伝えたい何かがあるのであれば、きちんとそれを感じさせる作りにしなくてはいけない。内容が薄いのに様式の奇抜なアイディアで勝負するというのは、読者を置き去りにしている。

(× 2000)




だれもがポオを愛していた/平石貴樹/創元推理文庫

 ボルティモア郊外の沼の側にたたずむアシヤ家で爆発が発生し邸は沼へ沈んでいく。住人の一人メアリアンは、ポーの詩集タイトルの「ユーラルーム」(われ発見せり)と一言残して息絶える。棺が一つ消失し、警察に怪電話がかかり、そして続いて、ポーの小説「ベレニス」や「黒猫」に因んだ事件が発生する。この難事件に、日本人外交官の娘ニッキ・サラシーナが論理的に追求する。

 ポーの諸作品を使った見立て殺人という古典的な設定のパズラーである。古典的な設定ではあるが、ウエットなおどろおどろしさはまったくない。それは擬似翻訳調の文体にあるのかもしれないし、探偵役のニッキのキャラクターのためかもしれない。良くも悪くも本格推理小説のスタイルを完全に体現した小説である。

 ところで、私は大学の教養課程で著者の英語の授業を取ったのだが、御本人はちょっとばかりエキセントリックな雰囲気を持っていたように記憶しているが、こういう小説を書く人のようには見えなかった(とはいえ、「こういう小説」を書く人の典型例を知るわけでもなく、著者の講師として以上の人となりを知るわけでもなかったので、あてにならない感想ではあるが)。因みに、私は単位としては「優(A)」をいただきました。

(★)

笑ってジグソー、殺してパズル/平石貴樹/創元推理文庫

 ジグソーパズル連盟日本支部長でもある三興グループのオーナー興津華子が自室で刺殺される。奇妙なことに、遺体の周囲にはジグソーパズルのピースが散らばっていた。興津家を舞台に、ジグソーパズルが奇妙な形でからみあいながら一族にさらに犠牲者がうまれる。法務省特別調査室の若き調査官、アメリカ留学から帰国して間もない更科丹希が、動機によらない論理による捜査でこの事件の謎に挑む。

 前作の『だれもがポオを愛していた』同様にストイックにパズラーを追求している一品。論理に関係のない要素は切り捨てられていて、それはリアリティといえど例外ではない。本格推理小説黄金時代のパズラーもリアリティへの意識は弱くはなかったし、山口雅也の一連の小説群だって別の世界のリアリティを構築することを指向していた。しかし、著者のミステリーはいろいろな意味で現実感に関して、意識した上で冷淡なまでに無関心である。この著者の戦略はどこに向かおうとしているのだろうか。

(★ 2002)




川の深さは/福井晴敏/講談社文庫

 テーマとして「国のありよう」を問い続ける著者の事実上のデビュー作。

 人生をおりた元警官のビル警備員の桃山が、彼の警備するビルに忍び込んでいた若いカップル保と葵に出会い、ある機関から追われているこの2人を匿うことから、事件に巻き込まれていく。国際謀略の様相を呈しつつ、最後はダイハード的活劇へと連なる冒険小説であり、同時に夢を失った中年の自己再生の物語である。

 一貫したテーマはもちろんのこと、お膳立ても、ストーリーの展開も、キャラクターさえも、あの『亡国のイージス』の福井晴敏そのものが、事実上の処女作の本作にすべて盛り込まれている。悪く言えば水戸黄門的というか田村正和的というか、鼻についてしかたないのだが、『亡国のイージス』あたりまでくると、それもその臭気を堪能させるだけのサービスは存分に施されている。本作ではまだ話の展開やキャラクターの造形が未成熟で、クライマックスの戦闘シーンがちゃちに見えてしまうのはやむを得ないところか。どうでもよいことだが、主人公・桃山がどうしても頭の中では、こち亀の良さんのイメージになってしまう。

(★ 2003)


亡国のイージス/福井晴敏/講談社文庫

 海上自衛隊は、アメリカが中心となって進めてきたミサイル探知・迎撃網である戦域ミサイル防御機構(TMD)に全護衛艦にイージス・システムを搭載し参加することとなっていた。その試作艦としてミニ・イージスシステムを搭載したミサイル護衛艦いそかぜの艦長は、未来を憂いたがために「国の不利益」とみなされ抹殺された息子を持つ宮津弘隆であった。彼を中心とした艦幹部は、演習に際して反乱を起こし、北朝鮮の工作員と結び、細菌兵器搭載のミサイルの東京都心への発射を宣言する。このいそかぜの中には、防衛庁から送り込まれて潜入していた情報局員の如月行と昔気質の一本気で不器用で人情味あふれる自衛官・先任伍長の仙石恒史が残っていた。二人は艦を取り戻すべく行動を開始する。

 傑作であることは疑いようのないところである。それは別にこの本を通じて日本の国防がどうあるべきかということが問われているからではなく、エンターテインメントとして非常によくできた小説であるからである。ストーリー展開も緊迫感が徐々に高まっていくものとなっているし、アクションもダイ・ハードな主人公たちの活躍が活き活きと描かれている。その筆力は『川の深さは』『Twelve Y.O.』と作を重ねるごとに、一目瞭然で格段に進歩している。それはキャラクターの造詣にも現れていて、主人公の仙石先任伍長の性格の陰影の付け具合も、『川の深さは』の桃山とは比べるべくもない。

 ただ、憂国の士をきどった現行の国防制度・体制について批判めいたものが本作中に繰り出されている。これらはその押し付けがましさでもって興ざめであるばかりでなく、その情緒的なメッセージに辟易としてしまう。それが、特に作品として重大な瑕疵ではないかと思われるのが、タイトルともなった宮津艦長の息子の論文の内容である。これで、民主国家の国防上危険思想として生命まで奪われるのだろうか、エリート自衛官である父親がこれを前提にここまで危険なアクションをとることを決断するだろうか。読後冷静になってから感じることではあるのだが。

 ガンダムネタの台詞回しがお遊びのように使われていて、くすくす笑ってしまう。

(★★★ 2003)


Twelve Y.O./福井晴敏/講談社文庫

 自衛官・平貫太郎は過去にヘリコプターパイロットとしての腕を買われ、自衛隊の制約を離れて実質的に戦闘することが可能である裏軍隊「海兵旅団」で訓練を受けていたが、訓練中に事故に遭って挫折し、今では空虚な気持ちのままで自衛官募集の仕事をこなす毎日を送っていた。ある日自衛官に勧誘した若者の仲間たちに暴行されているところを謎の少女とかつての恩人東馬に助けられる。東馬は自衛官時代に海兵旅団構想を説いていたが、旅団構想の消滅ともに消息がわからなくなっていたが、現在では、通称「トゥエルブ」として、自衛隊の開発した「アポトーシスU」というコンピューターウィルスと戦闘兵器「ウルマ」を使って在日米軍に対してテロをしかけているのであった。さらに彼には切り札として「BB文書」があった。東馬との接触が平をこの事件に巻き込んでしまうが、彼は東馬を理解するために自ら動き始める。

 日本という国のありようを安全保障という面からドラマ化しているわけで、ストーリーは時にシリアスに時に荒唐無稽に展開していき飽きさせることがない。独立国家としての未熟が東馬の言行として突きつけられるわけだが、それは決して安全保障の問題だけではない。自分のことは自分で決めて、片をつけて生きていくということが成熟した大人の生き方であると思うが、わが国はその構成員の多くが、自立した(=成熟した)生き方をできずにいる。それは場合によっては、国防上の未成熟以上に社会として致命的であるといえよう。希望のある未来に求められているのは、外にある世界を変えることではなく、内なるものを変えることなのである。

(★ 2003)



悪の読書術/福田和也/講談社現代新書

 書物と付き合うことでスタイルが生まれてくる。そのためには本との間に緊張感を生じさせるとともに他者の視線を導入することが重要で、それを社交的読書と著者は呼び、かかる視点から様々な作家と書物を分析する。また、読書を含めてあらゆる鑑賞行為には、スノビズムとナルシズムがつきまとうが、このスノビズムによって、人は判断されてしまう。だからイノセントに読書に楽しむのではなく、スノッブな意味での社交的向上を考える必要があり、それを考えるということは文化の位相・格差を認識することになる。

 読者を挑発する書きぶりで、作家の価値をスノビズムの視点で批評しながら読書の質を問う。もちろん、見方が一方的に過ぎるのではないかとカチンとくる部分がある。だが、それはおそらく著者の戦術にはまっているのだろう。

 彼が『作家の値打ち』で高く評価している矢作俊彦が、成熟と非・成熟の間にあるように思え、彼の本書での見方と一致しているのかわからないが、そこに彼の客観との偏差があるように見える。

 ベートーベンの音楽は個性の表現、バッハは普遍的音楽という話が出てくるが、これは面白い。過去に、文学史や作家論を学んだときに、なぜ作家の行動、生活や人間関係まで見た上でその作家を論じなければならないのか理解できなかった。作家の産み落とした作品は作家から切り離れて普遍的価値があるのではないかと。著者が作家の顔を考えるところで指摘するように作品と作家が不可分一体で考えられるようになっていることは確かである。そのこと自体は完全に納得してきたわけではないが、ベートーベンとバッハで説明したのはちょっと目からうろこであった。

(★★ 2005/02)



週末起業/藤井孝一/ちくま新書

 週末起業とはサラリーマンにとっての自由な時間である週末を利用して起業をするというもので、将来に不安をもつサラリーマンにできるところからスタートすることを説く。したがってできることの意味する確実な資金源である給与所得を維持しつつ、企業にかかる資金負担を極力小さくし、インターネットを起業ツールの主におくスタイルがポイントである。

 明日の見えない時代のサラリーマンにとって、この時代は独立起業する絶好の機会である一方、失敗すればこの豊かな社会の中で何もかも失うという憂き目も覚悟しなくてはならない。だが、サクセスストーリーはハングリーなマーケットアニマルのためだけにあるのではなく、少しの勇気と智恵があれば、チャンスがあることをおしえてくれる書である。もちろん、コアとなるアイディアはたとえつまらないものであっても成功には必要だけど。

(★★ 2003)



週末起業を超える成功のやみつき法則/藤井孝一/ビジネス社

 内容は自己啓発本の類で、時間(特にまとまった時間!)を如何に捻出するかについてが記されている。特に目新しいことは何もないのだが、定期的にこういう挑発的な言辞を目にして置く価値はある。早朝のモーニングサービスに集まるビジネスマンの無言の連帯感のくだりは、興味深い。

(× 2004)



アメリカ過去と現在の間/古矢旬/岩波新書

 本書では、米国を理解するための基本的なコンセプトが歴史的な成り立ちから解説されている。まず、米国の対外行動の論理を二つの軸、孤立=国際(介入)主義、理想=現実主義について建国以来の背後の思想(すべての思想の出発点である古い国家であるヨーロッパから独立したという事実の持つさまざまな意味)から説き起こされる。第2に、「帝国」としての米国が思想との関係で解説され、第3にその「帝国」を支える戦争の指導者としての大統領のシステムが議会の制約との観点をもって語られる。最後に、保守主義(人の自由をいかなる意味でも制約しない社会を希求する)の変容と現在のネオコンにつながる一連の流れが解説され、それとある意味不可分の問題であるところの宗教的側面、キリスト教福音主義の思想と「原理主義」についてのの解説でまとめられている。

 内容的には教科書的であって、決して目を見張るような分析がなされているわけではないが、こうした歴史に重きが置かれた定説を抑えておくことは、ちょっと退屈だが非常に重要である。本書に書かれていることについての理解だけでもずいぶん米国内の政治的な動きの見通しがよくなる。近代になり「古い欧州」からの独立によった建国とそれを支えた精神が米国という特異な若い国に及ぼしている影響が大きく、他のどこの国よりも強く原点に回帰する傾向がある(いわゆる原理主義的な傾向)というパースペクティブはわかりやすい。

 もちろん政治には、人の要素と経済の要素がからみあってより複雑な諸相をみせるので、この思想のスケルトンに肉付けをする作業も行う必要があるのかもしれない。

(★★ 2005/01)



真っ向勝負のスローカーブ/星野伸之/新潮新書

 130キロそこそこの直球とスローカーブとフォークだけで、通算176勝2041奪三振を記録した星野伸之投手が、自らの野球人生とスタイル、それとライバルたちの分析をつづった自伝エッセイ。どこをとっても野球好きにはたまらない話ばかりで、まさに野球のインサイドワークの展開が解きほぐされていく。クールでクレバーな投球スタイルそのままの素敵なエッセイに仕上がっている。

 何かの欠落を求めて新しい何かを得るというのが神話の一つのパターンであるが、それは人間のあり方の一つの方向を古来より示している。20世紀文学が喪失をテーマにすえることが多かったのは、決してその問題が現代の人のありように由来する時代的なものではなく、根源的なものであるためである。星野投手も速球を持たないという投手として致命的な欠落を背負いながら、その克服のための思考や努力が彼を高みに引き上げていったことがわかる。いろいろな意味で味わい深い一冊である。

(★ 2003)



100億稼ぐ仕事術/堀江貴文/ビジスタBOOK

 最近では近鉄の球団買収を名乗り出たことなどで有名な著者が自らの仕事法などをいくつかのテーマごとにわけて記した書。仕事では徹底的にITを活用する。パソコンは持ち運びに便利なものを使い、ソフトは軽く、エディタとメールとブラウザがあればよい。1日に5,000通のメールを読みこなし、その日にやるべきことは自分にメールする。そうした上で、処理を何もしなくてもよくなった状態(メールフォルダを処理して空っぽにすることを目標に)の快感を覚える。会議は仕切り、そのためにもレジュメは必須。効果が大きいものも当然のことながらある。アポは、しつこさとイメージトレーニング。健康管理は非常に重要で、特に睡眠について言及。

 私は以前よりつまり著者が近鉄騒動で有名になる前から、この本の存在を知っていて、名刺のデジタル管理などについてはちょっと試してみたことがあった(ちなみにその結果はあまりうまくいかず、アナログデータの管理はデジタルへの移管で解決するというものでもないことがわかった)。ハード面でのメソッドは有効であり、明日からでも活用できるtipsも多くある(どちらかといえば管理職にとってより有効であるかと)。他方、ソフトに関する人事管理やコミュニケーションについてはそれほど多くのインプリケーションがあるとは思えない。

 いずれにしても、世の多くの人は成功者を貶めようとしてとらえがちだが、具体的な一例たる成功者の一人の欠点やモラルの欠如や態度などを指摘してどんな益があるんだろうか。書評をみても人格攻撃のようなものが多いが、愚かなことだと思う。学ぶべきことを吸収するのでなければ、本を読む価値なし。けなすことはワイドショーにでも任せておけばよいのだ。

(★ 2004)



MISSING/本多孝好/双葉文庫

 高校教師と女子高生の関係が自動車事故による女の死という形で終わる「眠りの海」、交通事故でなくなった妹の名前を名乗る姉の過去の真相「祈火」、老人ホームで過ごす祖母の友人を探ることになる孫が見た老婆の行動「蝉の証」、自由奔放な少女ルコと彼女を見守る僕の物語「瑠璃」、大学教授の彼が幼い頃から持っていた悪意を描いた「彼の住む場所」以上の5編を収録した短編集。

 1作1作よくできていて、短編ミステリーとしての完成度も高い。やや美しい言葉や表現だけが先行して描写として成り立たない部分もあるように感じるが、目につくほどの瑕疵とはいえない。魅力的な人物を描き出しているように見える「瑠璃」よりも、オチは感心しないが「眠りの海」の方が筆がほどよく抑制が効いていて読後感がよい。

(★ 2000)




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